はじめに
2025年に施行される年金制度改正の中でも、最も影響が大きいのが公的年金制度の見直しです。本記事では、働き方に中立的で、ライフスタイルの多様化等を踏まえた制度構築について詳しく解説します。出典:「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案の概要」(厚生労働省)
1. 被用者保険の適用拡大
改正の背景と目的
現在の短時間労働者(パート労働者など)の厚生年金等への加入には、以下の4つの要件すべてを満たす必要があります:
現行制度の適用要件:
- 賃金が月額8.8万円(年収106万円相当)以上
- 週所定労働時間が20時間以上(雇用契約で判断)
- 学生は適用対象外
- 51人以上の企業が適用対象
主要な変更点
(1)賃金要件の撤廃
現行:月額8.8万円(年収106万円相当)以上 改正後:賃金要件を撤廃
施行時期:公布から3年以内の政令で定める日 条件:最低賃金が全国で1,016円以上となることを見極めて実施
理由:最低賃金が1,016円以上の地域では、週20時間働くと現在の賃金要件を満たすため、全国の最低賃金水準を踏まえた撤廃
(2)企業規模要件の段階的撤廃
現行:51人以上の企業が対象
改正スケジュール:
- 2016年10月:500人超(既に実施済み)
- 2022年10月:100人超(既に実施済み)
- 2024年10月:50人超(既に実施済み)
- 2027年10月:35人超
- 2029年10月:20人超
- 2032年10月:10人超
- 2035年10月:10人以下(完全撤廃)
(3)個人事業所の適用業種拡大
現行制度:
- 常時5人以上を使用する事業所のうち、法律で定める17業種のみ適用
- 上記以外の業種(農業、林業、漁業、宿泊業、飲食サービス業等)は非適用
改正後:
- 常時5人以上を使用する全ての個人事業所が適用対象
- 施行時期:2029年10月
- 経過措置:施行時に存在する事業所は当面期限を定めず適用除外
支援策
事業主への支援
- キャリアアップ助成金による支援(1人当たり最大75万円助成)
- 労働時間の延長や賃上げを通じて労働者の収入を増加させる事業主が対象
- 実施時期:令和7年度中
被保険者への支援(保険料負担軽減)
適用拡大対象となる比較的小規模な企業で働く短時間労働者に対し、3年間の特例的・時限的な経過措置を設置:
標準報酬月額(年額換算) | 労働者の負担割合 |
8.8万(106万) | 50% → 25% |
9.8万(118万) | 50% → 30% |
10.4万(125万) | 50% → 36% |
11万(132万) | 50% → 41% |
11.8万(142万) | 50% → 45% |
12.6万(151万) | 50% → 48% |
13.4万(161万) | 50% |
注意点:3年目は軽減割合を半減
影響規模
資料によると、段階的な適用拡大により以下の人数が新たに加入対象となる見込み:
- 約107万人(実績値として既に加入済み)
- 約10万人(35人超企業)
- 約15万人(20人超企業)
- 約20万人(10人超企業)
- 約25万人(10人以下企業)
2. 在職老齢年金制度の見直し
現行制度の概要
在職老齢年金制度とは、現役レベルの収入がある厚生年金受給権者に対し、賃金と老齢厚生年金の合計が基準を超える場合に老齢厚生年金の支給を減らす仕組みです。
変更内容
現行:支給停止基準額50万円(令和6年度価格) 改正後:支給停止基準額62万円 施行時期:2026年4月
基準額の推移
- 2005年度(現行制度開始):48万円
- 2022年度:47万円
- 2024年度:50万円
- 2026年度:62万円(2024年度価格、2026年度までの賃金変動に応じて改定)
改正の効果
- 現在の支給停止者数:50万人 → 見直し後:30万人
- 支給停止対象額:約4,500億円 → 見直し後:約2,900億円
- 20万人が新たに老齢厚生年金を全額受給可能
背景データ
内閣府「生活設計と年金に関する世論調査」(2024年)によると、65~69歳の厚生年金受給者の働き方は以下の通り:
- 働かない:29.0%
- 年金額が減らないよう時間を調整し会社等で働く:31.9%
- 年金額が減るかどうかにかかわらず会社等で働く:17.2%
- その他:21.9%
3. 遺族年金の見直し
現行制度の問題点
現在の遺族厚生年金制度では、男女で受給要件に差があり、社会情勢の変化に対応していない状況がありました。
主要な変更点
(1)遺族厚生年金の男女差解消
現行制度:
- 妻:無期給付
- 夫:60歳以降でないと受給不可(支給停止)
改正後:
- 18歳未満の子のない20~50代の配偶者を原則5年の有期給付の対象
- 60歳未満の男性を新たに支給対象
(2)配慮措置
- 給付の継続:低所得など配慮が必要な方は最長65歳まで所得に応じた給付継続
- 死亡分割制度:配偶者の加入記録による自身の年金の増額
- 有期給付加算:有期給付の場合の加算制度新設
- 収入要件の廃止
- 中高齢寡婦加算の段階的見直し:女性のみの加算を25年かけて段階的に縮小
(3)遺族基礎年金の見直し
子に対する遺族基礎年金が、子ども自らの選択によらない事情により支給停止されないよう要件を見直し:
改正される事例:
- 配偶者が子の生計を維持し、死別後に再婚 → 支給停止から新たに支給
- 収入基準(850万円)を超える配偶者が子の生計を維持 → 要件緩和
- 直系血族(又は直系姻族)の養子となる場合 → 要件緩和
施行時期:2028年4月
影響を受けない方
以下の方は現行制度の給付内容を維持:
- 既に受給権を有する方
- 60歳以降の高齢の方
- 20代から50代の18歳未満の子のある方
4. 厚生年金保険等の標準報酬月額の上限引上げ
現行制度の問題点
標準報酬月額の上限(現行65万円)を超える収入の方は、実際の賃金に占める保険料の割合が他の方よりも低くなっています。
変更内容
現行:上限65万円 改正スケジュール:
- 2027年9月:68万円
- 2028年9月:71万円
- 2029年9月:75万円
対象者と影響
対象者の規模
- 厚生年金保険:標準報酬65万円以上の割合 9.6%(243万人)
- 健康保険:上位等級該当者の割合 6.5%(278万人)
具体的な負担と給付の変化
報酬月額 | 標準報酬月額 | 保険料の変化【実質負担増額】 | 年金額増加(2024年度価格) |
63.5万円~66.5万円 | 65万円 | 59,475円→59,475円【実質+0円/月】 | – |
66.5万円~69.5万円 | 68万円 | 59,475円→62,220円【実質+約1,800円/月】 | +約150円/月(終身) |
69.5万円~73.0万円 | 71万円 | 59,475円→64,965円【実質+約3,700円/月】 | +約300円/月(終身) |
73.0万円~ | 75万円 | 59,475円→68,625円【実質+約6,100円/月】 | +約510円/月(終身) |
注:実質的な負担増額は、社会保険料控除を考慮(限界税率は所得税23%・住民税10%と仮定)
制度全体への効果
- 厚生年金制度の財政が改善
- 年金額の低い方も含めた厚生年金全体の給付水準の底上げ
- 給付水準への影響:+0.2%(厚生年金)
5. 将来の基礎年金の給付水準の底上げ
背景
基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライドによる調整期間に差が生じ、基礎年金の給付水準低下が懸念されています。
措置内容
政府は、次期財政検証において以下の場合に法制上の措置を講じるものとします:
- 条件:基礎年金と厚生年金の調整期間の見通しに著しい差異があり、公的年金制度の所得再分配機能の低下により基礎年金の給付水準の低下が見込まれる場合
- 措置:基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライドによる調整を同時に終了
- 配慮:給付と負担の均衡がとれた持続可能な公的年金制度の確立について検討
- 緩和措置:措置を講じた結果、基礎年金と厚生年金の合計額が下回る場合は、影響を緩和するための措置を講じる
施行時期:公布日
まとめ
公的年金制度の見直しは、社会経済の変化に対応した包括的な改革です。特に被用者保険の適用拡大は、約107万人が既に対象となっており、今後段階的に拡大されることで、より多くの労働者が手厚い保障を受けられるようになります。
各改正項目の施行時期が異なるため、制度利用者や事業主は計画的な対応が必要です。不明な点については、日本年金機構や厚生労働省への確認をお勧めします。
出典:「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案の概要」(厚生労働省)
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